先のエントリー「ソフトバンク、過度の利用者へのパケット制限を開始」に対していくつかのコメントやメールを頂戴しており、もう一度ITフォン時代におけるネットワーク公正利用というものを考え直してみました。
少し長文ですが、お時間のある方は一緒に考えて頂ければ幸いです。
私自身、今の時代における通信事業者の正しい責務のあり方というものは完全には描けていませんが、その役割が音声通話がメインだった時代から確実に変化してきているだろうということは強く感じています。そもそもこれだけ携帯電話機を介したインターネット利用が人々の生活の中心に変化してきつつあるにも関わらず、携帯電話事業が非常に狭い帯域しか割当られていないことに対しても、多くの方と同様に疑問や怒りを感じてはいます。また一方では既存のメディア事業が(私にとっては)大した事業努力もせず携帯事業者に比べればかなりの格安なコストで電波利用を行っていることに対しても、大きな疑問を感じています。
われわれが日々の生活の様々な場面で感じているように、国民が共通の目標を持って走っていられた時代が終わり、それと同時に既存のアナログテレビを利用した事業や、そこで語られる単純なコンテキストが果たしてきた役割もすでに終わりつつあるのだと感じています。今一体どの程度の方がテレビドラマの主人公に共感し、スポーツプレーヤーに自分の夢を託し、その期待感を共有すべきコミュニティに参加できているのかと思うと甚だ疑問です。テレビを中心とするマスコミは、自らも輝いていたあの時代をもう一度呼び起こそうとするかのように回顧的コンテンツを量産していますが、それはすでに私たちの世代にはまったく共感できないものになってしまっているのです。ベストセラーの時代は終わったのだと強く感じます。
そうした時代に、個々人が持つ携帯情報端末の重要性は益々高まり、それに応えるようにして生まれたのがiPhoneをはじめとする現在のスマートフォン(ITフォン)であるとも考えます。多くのユーザーが感じるように、iPhoneをはじめとするITフォンの魅力は、すっかり変化してしまった個々のライフスタイルやビジネスシーンでの利用場面にも適合するような幅広い使い方であるだろうということは、私自身もまったく同感です。しかもそれが3GやWi-Fiなど通信電波にこだわらないことによって始めて実現できていることも、何度もブログで書いてきた通り深く承知しています。
改めて重要性を増していく一方の携帯電話事業者の役割や公平性を考えると、それが限られた事業資産を元に常に厳しく利益を求めなければならない民間事業で行われるリスクを強く感じますが、果たして現在のかけ離れてしまった官民の感覚の違いの中で公平性や平等性を持った事業運営を官庁に求めることの難しさは容易に想像できます。また逆に民間事業に託した以上、彼ら自身、限られたリソースや激変する事業環境の中で利益を上げ続ける責任も出てきます。しかしそれを公的組織でなく一個人でしかない取締役(の集団的運営形態)に対して求めることにも大きな限界があると感じていますが、現在においてはそれでもなお官庁に任せるよりも公平な運営ができるだろうというのが全体の共通意思ではないかと考えています。
もちろん上で述べたことは事業者が無駄・無謀な事業運営を行っていないことが前提とはなりますが、我々はそれほど完全な組織モデルを(通信事業など国家的規模の事業に適用できるほどの大きさにおいて)いまだに実現できていないばかりか、その実現手法や長期的に安定したモデルの構築はまさに模索段階だと考えています。ましてや、外部から事業運営を判断できる指標や基準ともなればまったく手探りの状態であるとしかいえません。世界的な会計監査モデルが日本にも導入されつつありますが、それとて企業行動を監視するという点において完全なものであるとは到底いえないでしょう。
事業者の行動の一部を見て、宣伝広告費を電波環境改善に振り向けてはどうか?プロ野球ビジネスに事業資金を拠出することは電気通信事業者として公平性実現とは相容れないのではないか?などと口出しすることは簡単ですが、彼らとてそれが通信事業者であるソフトバンクグループ全体の事業運営上必要であると考え努力している結果なのです。同様にAppleとて、幾度も指摘されているようにジョブズの後にどのような事業運営ができ、さらにその上で素晴らしい製品を毎年のように生産し、顧客に夢を与え続けられる組織体になっているのかといえばそれは疑問でしょう。むしろ現在においても公平性を欠く企業であるという指摘は事欠きません。
※実際のところ、ソフトバンクグループはiPhone利用者から見れば相当の企業努力をしていることを感じている方も多いと思います。すでに日本では当たり前の機能であったMMSも、本国アメリカではつい先日9月25日にようやく開始されています。あまりに日常に溶け込みすぎているせいで、MMSがいつ導入されたのかすらスラスラとは思い出せないほどです。また絵文字や、利用者がいるかどうかは兎も角初期のiPhoneへの要求の一つであったワンセグチューナーさえも実現しています。いつもブログを見て頂いている方には、事細かに再掲することもないかと思いますのでこれ以上は端折ります。
結局、外部から一組織体である企業行動を伺い知ることすら大変な状態なのに、その一つ一つの事業施策が公平性を欠くかどうかなど知るすべもないと考えます。そういう意味では、過去の大戦で国家的な舵取りを誤ったとされる旧陸軍参謀本部や旧海軍軍令部などの組織に対するチェック機構を持たなかった時代と、なんら変化していない現状だと考えます。何を持って、全体効率から考えて公平性や平等性が保たれているかなどの判断など、我々にはできていないのではないかと考えます。
※悲惨な戦争と、ITフォンを一緒くたにするつもりは毛頭ありません。組織体の行動に対する外部からのチェック機能という意味合いにおいて紹介しています。
ましてや通信事業やその一部である電波利用も日々刻々と変化しており、だからこそ利用者である我々と電波行政を司る官庁とは意見の一致することも少なくなっているのではないでしょうか。民間事業で運営されているカテゴリーでは、一利用形態とそれを束ねる全体管理側とでは認識のズレが必ず発生するが、事業継続が命題である以上それは日々細かく微調整をしながらも、全体としては効率的であり、結果、全体公平性が形を変えつつも実現されていると信じるほかないでしょう。なぜなら、数多くの国家的事業が民間事業者に委託されている現在、事業者が利用者の意見をないがしろにし公平性を著しく欠く場合には、利用者である消費者は他の事業者を選択する自由が与えられているからです。
そうした現状においては、単に通信事業者だからといって一民間企業に過ぎず利益を出し続けることが命題の組織に対して多くを求めすぎることもまた、全体から見て公平性を欠く行為であると思わざるをえません。私は、個々利用者が全体を考慮し、自らの利用形態を見つめ直してみることもまた、全体から見て公正利用に繋がると考えています。全体からみて自分は過度の要求をしていないのか?その要求が全体に対して適用された場合に、運営組織である事業者に無理な負担が掛かり、それが元で他の利用者に過度の負担が掛からないのか?ましてや過度の要求が事業者をつぶす要因になれば元も子もないのです。その事業者が社会全体から見て公共性を有すれば有するほど、その事業承継の為に税金という本来全体福祉や公平性を保つための資金が投入されることになり、それは一個人である利用者の負担にも繋がります。
もっとはっきり言えば、一利用者もその事業から見れば同じ共同参画者であるということが言いたいのです。コストを払って利用しているだけではなく、コストをどの事業者に対して払うかという選択権を握っているという立場において、選択した事業を支持し同じ道を歩んでいる立場であるともいえるのだと考えるのです。それは、少し乱暴な話ではありますが、国家であろうが民間事業体であろうが自らが所属する会社やコミュニティであろうが、大きくは変化しないものであるとも考えています。
もちろん事業主体に対して一切口出しをすべきでないと主張しているのではなく、彼らの行動に対してチェックをし、むしろ必要な場合には指摘を行い行動すべきなのですが、全体が見えていない立場の場合その主張は大きく的を外している可能性があることにも留意したいということです。また、個々人のライフスタイルが変化し利用者一人ひとりの思いや利用形態が見えづらくなっている現在では、全体にとっての公平性自体が見えづらくなってきていることも充分認識しておくべきだと考えます。iPhone利用者にとって、提供キャリアにおけるネットワークの公正利用とは一体どのようなものなのでしょうか?それは提供キャリア全体の利用者から見て果たして公正なのでしょうか?
このことは簡単に済ますことなどできない非常に難しい課題だと考えます。

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