なぜAppStoreが最適解なのか?

appstore5

先のエントリー「docomoからiPhoneが出ない理由」では予想外に多くのアクセスを頂き、また様々なサイトやブログでも紹介頂きました。素人丸出しのエントリーに対して、様々なご意見やご感想、さらには貴重なご指摘も頂き、大変感謝しております。

ただ、私の文章構成能力の低さから、また過去記事で書いたことを端折ってしまっている事から、何点かこちらの考えていることがうまく伝わっていないと感じる点があり、またコメントへ回答する段階でさらに考えの強まった点なども含めてここで再度整理したいと思います。いつも当ブログをお読み頂いている方には一部繰り返しになる部分もあるかと思いますが、ご容赦いただきたく思います。

なぜAppStoreが最適解なのか?ということです。

※iPhoneでは、通信キャリアを除いて端末からアプリマーケット、OSなど周辺ソフトウェアをApple一社が提供しており、エコシステムといった場合にはそのすべてが構成要素になります。母艦と接続するためのiTunesソフトウェアなども重要な要素ではありますが、AppStoreなしに現在のiPhoneは成立しないため、ここではアプリを中心となるものとして捉え、そのアプリを提供しまたは購入ダウンロードする場である「AppStore」を中心に話を進めます。

AppStoreは完璧なのか?

  • 最初にここから書いておきます。
  • Appleが、iPhone/iPod touchとiTunes、およびAppStoreという構成要素で展開しているこのモデルが完璧なのか?一点の不満もないのか?といえば、当然そんなことはありません。むしろまだまだ発展途上であり、指摘されるように様々な欠点も抱えています。Macでの融合性は見事なものですが、その一方で、企業戦略も関係するとはいえWindows環境ではiTunesの動作にも不満が残る状態です。
  • 私自身は、以前のエントリーに書いたように「現時点での制約を考慮すればかなり最適解に近いもの」だと考えています。
  • スマートフォンに限らず一般的な話として、一方的な仕組みやどこか一部が搾取されるような仕組みではなく、全体が上手に循環するような仕組みであり、またその仕組みの関係者がムリやムダを感じることなくそれぞれの立場で利益を享受できる仕組みであればあるほど、利用者としては快適な環境となり、安心して利用することができると考えます。それ以前に、身近なものであればあるほどいいものを長く使いたいと考えるのは自然なことではないでしょうか。
  • そのような仕組みを私自身はずっと求めており、スマートフォンカテゴリーにおいてたまたま現時点でもっともそれに近いことを実現できていると考えているのがAppStoreに過ぎません。もちろん、Apple以外が実現してもいいものであればこだわりなく使いますし、日本人のエゴとしては、やはり日本の企業にこそそういった仕組みを何とか実現してほしいという想いもあります。

一社独占モデルへの批判

  • 指摘としてあったのが、iPhoneやAppStoreはAppleの一社独占・垂直統合モデルであり、それこそがガラパゴスではないかというものです。言い換えれば、Apple支配とdocomo支配、またはau支配とで何が違うのか?ということですね。某キャリア代表も同趣旨のことをおっしゃっていたかと思います。
  • もちろん、AppStoreに並ぶ多様なアプリと同様に、スマートフォンの企画・開発段階においても、多様な視点や考え方が入ることが望ましいことは誰にでも理解できます。世界展開する商品ですから、特定地域固有の文化に依存しない、民族や国家を超えた普遍的な価値観を提案できれば、それは幅広い地域で受け入れられる可能性を持つことができると考えます。しかし、すでにグローバル化し、また過当な競争により急激に変化する市場においては、複数企業が参加する調整型開発ではその流れに到底追いつけないだろうことが想像できます。
  • またユーザーとしてみれば、できるだけビジョンが統一されているほうが理解しやすい上、故障などもありえる機械である以上、何か不測の事態がおきた場合にも責任の所在がはっきりしていることは安心に繋がります。例えば複数の企業(OHA)で推進するAndroidの場合、ある端末のファームウェアアップデートはどの企業(キャリアなのかメーカーなのかOHAなのか)が担当し、それは他の端末に波及するのかどうかということが非常に見えづらい状況だと考えます。今後、Googleがどこまで主体性を持ってAndroidOSの改善に取り組むのかすら不透明であり、複数企業による連合でどこまでスピード感が維持できるのかもユーザーとしては心配です。逆に、過去の端末に対しても最新機種と同様のファームウェアが適用されているという事実(と、その裏にあるビジョン)を目の当たりにすることの方が安心感を得ることができるのではないでしょうか?
  • もちろん、Apple社の経営方針が今後どう変化していくかは外部からはまったく不透明であり、しかもApple社の場合には、現在の成功がジョブズや取締役陣にけっこうな比重があるらしいことが想像できます。はっきりいえば、万が一ジョブズが亡くなった場合、その方針がブレてしまう可能性は決して低くないとはいえません。それはiPhoneの利用者にとっては、大きなリスクであるといえます。
  • しかし、その意味においては日本の大企業の方がリスクが高いでしょう。日本企業は、崩壊したとはいえ終身雇用体制を基礎においた年功序列のピラミッド構造を保持してこそ成立していることは否定できず、それは同時に数年単位で組織が年齢層ごと入れ替わることを意味しています。個人ですらビジョンをブレさせずに貫くことが困難であるのに、組織としてそれを希薄化させずに継承し、維持していくことはさらに困難でしょう。ましてやそれが国家をまたぐ複数の企業連合で推進される場合、調整はさらに困難になることが容易に想像できます。
  • また、これに類して世界規模メーカーであるAppleと、国内キャリアであるdocomoを比較するのはどうかという指摘もあります。もちろんご存知のように、docomoは海外事業も熱心に展開しており、かつて積極的にiモードを(ライセンサーとして)国際展開した経緯もあります。法により事業モデルがある程度制限を受けるとはいえ、まったく不可能なわけではありません。
  • そもそも、Apple登場以前には特に国内において携帯業界で端末メーカーが主導権を握ることこそが異常だったのですが、なぜ他のメーカーにその枠組みを変えることが不可能だったのでしょうか?また例えばMOAPやKCPのようにキャリアが主導権を握ってプラットフォーム構築を行っている例もありながら、なぜそれが世界を制するほどの仕組みとならなかったのか、ましてやそれらの競合とも思えるAndroidを採用せざるを得なくなった経緯を考えると、そこに答えがあるように思います。一社独占であるかどうかが重要なのではなく、それが実際に世界規模で通用する仕組みかどうか、また多様性を内包する仕組みを構築し改善し続ける強いビジョンがあるかどうか重要なのだということではないでしょうか。
  • Apple社の場合、かなり以前からマルチランゲージ版を世界同時一斉リリースするスタイルを貫いており、各国からのフィードバックもすべて本国に収集・解析されるようになっています。マルチランゲージ対応のOSやソフトウェアを、それを動作させる共通のプラットフォームハードウェアを含めて設計・開発し、品質を一定レベルに維持管理することの困難は理解いただけるかと思いますが、そのためには各国の言語や文字、入力方法など文化的な差異をしっかりと認識し反映する必要があります。こうして世界対応を続けてきたことにより、一国一企業内の文化に留まらない幅広い視点が確保されていると考えます。繰り返しますが、だからAppleが素晴らしいというわけではなく、結局はガラパゴス化しないことが重要なのであり、単に一社独占の体制に問題があるのだという批判はあまり意味がないという事を述べています。※iPhoneの場合、31ヶ国語でメニュー表示や言語キーボード表示、搭載辞書による予測入力と自動修正に対応しており、メニューからの設定ひとつで瞬時に切り替えることができます。

オープンではないことへの批判

  • 同様に、Apple社の様々な規格や仕様がクローズドであることを批判する向きもあるかと思います。
  • 例えばそれはDockコネクタにあり、またソフトウェアではSafari以外のサードパーティブラウザ(例えばFireFoxやOpera)を認めないというポリシーや、またははっきりしないAppStoreの審査方針、一部解禁していないAPIなどにも不満の矛が向けられているようです。
  • これらの問題は、営利企業である以上仕方のない面もあるでしょうし、プラットフォーム育成都合上、またはUIの統一上、デバイス性能の制限上など様々な理由によるものであると考えています。クローズドであるためにユーザーの利便性や快適さが大幅に制限されることがあるのならば改善されるべきだとは思いますが、例えばDockコネクタがApple社による独占規格であるからといってユーザー利便性が致命的に低下するとは到底思えません。
  • 今回、OS3.0で大幅に強化されたもわかるように、AppStoreを中心とするエコシステムはまだまだ発展途上であり、利用者保護の観点からも途中で倒れることがないようAppleとしては保護育成する必要があります。完成以前に一部利用者のエゴにより無理やりオープンにした場合AppStoreが崩壊する恐れもあり、AppStoreが中心である以上、それは自動的にエコシステム崩壊を意味し利用者全体の利益を著しく損なう可能性が高いでしょう。
  • 例えばAppStore以外での販売を許可すれば、巨大資本が圧倒的な広告宣伝や無料化戦略などで特に個人/中小デベロッパーを駆逐し、一番重要な多様性は失われ結果としてユーザーの選択肢を奪うことに繋がります。また無思慮にAPIを開放すれば、危険なアプリやAppleの想定外のアプリが登場し、AppStoreの安全性を脅かすことにも繋がります。そうなればAppStoreでのダウンロードや購入も慎重にならざるを得ず、体験の機会も減少するでしょう。それは、iPhoneの拡張性を失い、ユーザーエクスペリエンスを限定することにもなりかねません。※AppStore以外にアプリ配布を行う仕組みも存在しますが、Appleは著作権を侵害しDMCA違反であると主張しています。
  • さらにHTML5やCSS3を中心とした次世代Web標準の採用(とそれ以外のサードパーティブラウザの拒否)は、デザインやUIの統一、さらにはその上に成立するユーザーエクスペリエンスの統一という点において非常に大きな意味を持ちます。特にWeb閲覧が大きな比重を占める現在では、iPhone(をはじめとするWebKit対応スマートフォン)対応サイトでの統一感のある操作性はユーザーへの安心感を与えるものであり、また環境を限定することで、より高度な表現を可能にする効果もあります。このWebKitエンジン採用については、GoogleのAndroidやPalmのwebOS、その他においても採用されておりいまやスマートフォン市場における一大潮流となりつつあります。
  • またスマートフォンの動作周波数やセキュリティ確保などの制約からもプラグインを大々的に開放することも危険でしょう。スマートフォン市場においては、Appleは勝ち組の中にいますが一人勝ち状態でもありませんし、まだまだ不安定な状態であることは明らかです。先ほど挙げたAppStore以外のマーケットの例からも、ムリにオープンであることを押し付けた場合には成長途上でこの可能性の芽が摘み取られることも無きにしも非ずではないかと考えます。
  • テザリングしたい、自分の思い通りのアプリを開発し動かしたい、バッテリーなど内部を交換したいなど、単に超小型PCが欲しいだけなのではないか?と思われる方からすれば制約だらけに感じるのだと思いますが、むしろAppleほどそれが期待しにくい会社であることは百も承知していると思います。私自身はそんなどこの会社でも作れるデバイスは別の会社に期待すれば良いと考えています。
  • 一社独占ではないことオープンであることは、ソフトウェアの健全な発展という視点から考えるともちろん素晴らしいことですが、現在の状況ではそれを実現できる組織は限定されるでしょうし、それがハードウェアをも含む巨大なものになればなるほど困難になっていくでしょう。ましてや時代の先端を走るデバイスともなれば、国際的な競争上不可能であることは理解できるのではないでしょうか。

ビジネスモデルとエコシステム

  • 私は、複数企業間のビジネスモデルと、エコシステムとを混同してはいけないと考えています。
  • ある特定企業や特定数社だけが利潤を追求するモデルでは、すべての消費者の賛同を得ることも困難ですし、少ない消費者で構成される市場を食い尽くすのに時間は掛からないでしょう。また逆に消費者の利益や利便性だけを声高に叫んだところで、企業側・提供側へのムリが積み上がることになり、それは他の面では消費者側への負担とならざるを得ず、同様に持続的な仕組みとなりえないでしょう。
  • アフリカの野生動物の食物連鎖(の一部)を生に見て、「捕食される側の草食動物がかわいそうだからそれを保護すべきだ」という”痛みをわかる心”を持つことは素晴らしいことだと思います。しかし、何も対策を講じないまま実際にそれを行ってしまえば、増えすぎた草食動物がその地域の植物資源を食い尽くすことになり、と同時に食物連鎖の仕組みが崩壊し、結局は保護する対象であったはずの草食動物をも危機に陥らせることになります。逆に強者を優先する論理を貫くこともまた同様の危険性があることに気づきます。自然界は実に微妙なバランスの上に成り立っており、だからこそ持続する仕組みが保たれているといえます。※当然ながらそれ以外の成立要因もあり、変化し淘汰されていく姿も自然であるという考え方もありますがここでは本題ではないため省きます。
  • もしiモードが健全なエコシステムであったならば、携帯電話機メーカーが相次いで撤退(または事業譲渡)することもなかったでしょう。さらに言えば、指摘されているようにAppStoreのような仕組みは決して世界初ではなく既存のものがいくつもあるにも関わらず、そこに何らかの問題があったがために現状に至っているのではないかということです。利用者が一方的に搾取されることもなく、デベロッパーに広いチャンスが与えられ、メーカーも長期的な視野において製品開発に取り組むことができ、新機能を含む大規模なフィードバックを数年前の機種でさえ受けられるという好循環な環境を、どうして今までの仕組みでは実現できなかったのでしょうか?
  • つまり、利用者や提供企業、開発者やサードパーティベンダーなど、その仕組みに参加するすべてのメンバーが、それぞれの立場で利益が享受でき、さらなる大きなエコシステムへと無理なく発展する仕組みを構築することこそ、そのエコシステムを持続的に発展させる重要な鍵なのだと考えます。
  • しつこく繰り返しますが、だからこそAppStoreだけが唯一絶対素晴らしいということではありません。こういった長期的な視点での開発を行うことが利用者をはじめとした関係者の利益につながり、それは結果としてエコシステム構築者であるキャリアやベンダーに還元されるのだということです。ビジネスモデルを考える際、それが短命に終わることを期待するものなどいないでしょう。だからこそ各社は、良い要素は良いと認め、このエコシステムの視点を取り入れてビジネスモデル構築を慎重に行うべきだと考えるのです。

エコシステムで多様性を確保する重要性

  • エコシステムが持続的な発展をしていくためには、多様性が重要であることも指摘されています。
  • 孤島などで数少ない固有種が独自に発展を遂げている場合に、外来種が入ってきた時に対応することができず一気に種の滅亡にまでいたるケースが多々報告されています。またウイルスや地球環境の急激な変化などの要因に対しても、多様性があるからこそ対応や生き残りが可能になります。それ以上に、多様性の中から未来の種の発展を担う可能性が生まれてくることもあるでしょう。
  • このことは、人間の組織や業界においても程度の差こそあれ同様の傾向があると考えます。閉鎖的な組織や参入障壁の高い業界においては、踏襲や模倣がはびこるようになり自ら改革し新規性のあるものにチャレンジする傾向はむしろ嫌悪されるでしょう。身近な例では、シリーズ物が多く作られ焼き直しのアイデアが目立つことの多い日本のゲーム業界においてもそれを感じます。
  • もっともAppStoreにおいても、過去の作品やアイデアをそのまま形にしたような作品も存在します。しかしAppStoreでは、スマートフォンの搭載するデバイスについて今まで考えもしなかった、または見たこともない活用方法を提案するゲームやアプリが続々と登場しているのもまた事実です。スマートフォンとしてはむしろ後発のiPhoneで、このようなアプリが続々と登場しつつあることを真摯に受け止めるべきだと考えます。
  • 結局、エコシステムはその循環する内部に何らかの多様性を担保する必要があり、AppStoreにおいては、デベロッパーの参入障壁を下げることでAppStoreの回転を上げ、それによりユーザーエクスペリエンスを向上させる方向で上手く使われていると考えます。
  • この多様性確保については、特にデベロッパーやアプリの部分だけで担保する必要はない気がします。それはベンダー(端末)であってもいいと思いますが、ではそのモデルに近いと思われるAndroidで成功を収めるにはどのような施策が必要かということについてはまだ答えが出ていないと考えます。

グローバルであることの意味

  • 国内市場と海外市場を混同するなとの指摘もありました。ここはかなり認識のズレを感じるところですので噛み砕いて説明してみましょう。
  • iPhoneユーザーがもっとも大きなポイントとして感じていると言われるアプリやゲームですが、まず確認しておきたいのが、アプリやゲームは国内デベロッパーのものだけを利用しなければならない、または利用しているのではないということです。例えば私が日々利用するアプリやゲームでは、海外デベロッパーの手によるものが半数を占めています。これは、特別な手段を使うことなく日本のiTunes上のAppStoreで誰でも自由に購入やダウンロードが行えるものです。
  • もちろん、日本の文化や日本固有のシステムに密着したアプリにおいては、国内デベロッパーのきめ細やかな気配りがうれしいものも多数あります。しかし、そういったアプリほどむしろ普遍的な価値観や操作性を持つものも多く、言語の壁や価値観の違いを吸収することで全世界で利用される可能性を秘めていると考えます。またゲームの世界では元々ビデオゲームが海外発祥であることから、(テキスト主体のごく一部のものを除いて)メニュー以外では言語に依存しないつくりになっているものが大半です。だからこそ海外デベロッパーのゲームが日本国内でも人気となり、逆に国内デベロッパーのゲームが海外でも人気となるケースもまた、同様にあるのです。
  • それとは別に、ユーザーサポートやユーザーコミュニティを気にする方もいるでしょうが、すでに国内でも100万前後の普及台数となっています。それ以上に忘れてはならないのがiPhoneはiPod touchというほぼ同じスペックを持つプラットフォームが並行販売されており、これがiPhone以上の販売台数を持っているのだということです。さらに、私の運営するブログやwikiを含んで相当な情報量が蓄積されつつあります。こういった情報は、プラットフォームが共通であることから世界市場での4千万台規模を土台とする利用者やデベロッパーから日々発信されており、その勢いは増すばかりです。もちろん、ファームウェアはマルチランゲージ版による世界一斉配信が行われており、特に日本語利用だからといって困る場面もありません。つまり、iPhone利用者にとっては日本市場と海外市場の販売台数を区別して考えるほうがむしろおかしいのです。
  • またデベロッパーにおいても、言語に依存しない作りや、より普遍的な価値観に基づく作りにすることで国内・海外の普及台数を意識をせずに済むのです。Appleに対して税務手続きなどを済ませておけば、市場選択はどの国のストアに対してサブミットするかという違いでしかありません。当然ながらAppStoreでの説明やサポートなどにおいて多言語対応を求められることはありますし、国内ユーザー向けの地域固有なアプリを開発する場合には国内販売数が問題となるでしょう。しかしその場合でも、海外在住の日本語話者の存在を考えると国内の普及台数よりも世界での普及台数が気になるところでしょう。結局、グローバル市場を相手にできれば開発コストの回収や利益積み上げについてもより有利になり、それは利用者への提供価格へもダイレクトに反映されることになります。
  • もちろんソフトウェアだけでなく、周辺機器やオプション品、ケースや細かいところでは液晶保護シートなどにおいてもまったく同様の効果が見込めます。Dockコネクタや液晶サイズ、果ては本体サイズの統一はそういった関連商品やサービスへの参入企業の多さや多様性をも保障し、それは利用者への利益にも繋がります。
  • こうして考えていくと、国内販売数にこだわらなければならないのは利用者やデベロッパーよりも、むしろ国内提供キャリアであるソフトバンクと、その競合キャリアやメーカーではないかと考えられます。また国内向けの保護された環境においてアプリ開発のみを行ってきた企業からすれば、先に述べたAppStoreのメリットを壁と感じることもあるでしょう。

スマートフォンを取り巻く制約

  • 現在の厳しい経済情勢を鑑みて、エコシステムを一から構築するとなると成功のための条件は一気に厳しく成ります。現在スマートフォンを開発・販売する企業も従来から継続して活動をしている営利企業ですから、スマートフォン向けのエコシステム構築においても過去資産を活かしつつ設計しなければならないといった制約が発生します。完璧なものを数年かかって構築することは自然と無理があり、完璧ではないにしろある一定の目的を達成できると踏んだ段階でリリースし他社に先んじることが求められます。
  • Appleにしてみれば、それはUSB搭載のPCを活かすiPodと同様のスキームを採用することになるでしょうし、Dockコネクタを活かすことにもなるでしょう。またLTEやWiMAXなど3.9G普及前夜である現在においては、携帯電波などの条件から3G網とWi-Fi網の両方を活用しようとする判断も最善でしょう。
  • 企業の事業継続性が疑われセキュリティ確保が困難な現在、すべてのデータをネットワーク越しの他人管理のサーバー上に保管することをためらう人も多いでしょう。なにかあったときのためのローカル環境へのバックアップとは別に、バッテリーの電源確保の面からも母艦接続による同期が有利に働きます。
  • また、現在のバッテリー効率から考えると携帯機器におけるバッテリー搭載容量は自然と限られてきますので、プラットフォーム上での搭載アプリケーション種類や、動作条件などに制約を加えざるを得ないでしょう。それは、マルチタスクがSafariやメールアプリなど一部に限定される原因でもありますし、APIがすべて開放されない理由のひとつでもあるかと思います。
  • またアプリやゲームをファーストパーティだけで提供しきることには無理があり、またアプリ数確保の面からも個人や中小規模を含む数多くのデベロッパーの参加を促すほうが良い方向に運ぶでしょう。何よりマーケットは利用されないことには価値を生み出すことはできず、価値を感じられないマーケットへは自然とコンテンツ集積も行われなくなります。
  • なにより、端末自体やUIの優れたデザインはより多くの人々へ訴求する大事な要素であり、それこそが今までごく一部の人たちの間でしか利用されてこなかったスマートフォンの利用者層を一気に拡大する大事な要素であると考えます。
  • こういった様々な制約条件を考えた時、AppStoreの仕組みは現時点では最適解なのではないか?ということがいいたいのです。いいかえれば、全体としては欠点が非常にすくなく、どこか一部にムリが掛かりにくい仕組みだということです。ブログの表現上、すでにあるモデルと比較した方が説明が容易なために(それ以前に私自身の表現力の限界から)そのように捉えられる場合もあるかと思いますが、AppStoreが唯一絶対であり、諸手を挙げて礼賛しているのだということではありません。

長く愛される道具へ

  • さて、日本の携帯電話機は年数回の新製品発表を経て次々と変化を繰り返します。これは事業モデルの都合上仕方ないのでしょうが、その方針が結果として現在の販売台数の低迷を招いていることは否定できないでしょう。もちろん、販売インセンティブの廃止など行政の方針変更によるものでもありますが、いずれにしろどこかにムリがあるモデルだといわざるを得ません。
  • グラフィックデザイナーの原研哉氏が、著書『デザインのデザイン』の中で、現在のデザインは「今日あるものを明日古く見せる」ことに力を発揮させられていると指摘しています。この傾向は、露出が多く身近なものであることからも携帯電話業界において顕著ではないかと感じることがあります。
  • またMOTTAINAI運動で改めて教えられたように、我々日本人は「勿体ない」という他言語では一単語で上手く言い表すことが難しい、非常に奥の深い言葉を持っています。単なるリユースやリデュース、リサイクルといった変化する状態だけを表す言葉ではなく、その背後に対象への深いリスペクトを含むこの「勿体ない(MOTTAINAI)」という言葉は、いまや世界的な環境問題における重要な標語となっています。
  • 短期的な視野における開発では、その新機種のためだけのリソース投下が行われ、(基礎部分を別として)UIなどは熟考や慎重なユーザビリティテストを経ることなく決定され、ユーザーのフィードバックがその機種に対して反映されることもほぼありません。なぜなら短期的な開発モデルにおいては、新機種が発売される頃にはチームはすでに次の新機種開発に取り掛かっており、立ち止まり振り返ることなど許されないからです。
  • よく日本のケータイ電話でもアップデートはあるのだといわれますが、そのほとんどが使用上支障を来たす機能のバグフィックス目的であり、少なくとも1つの機種に対して新機能が100もつくほどの大規模アップデートが行われたり、小規模改善を含むアップデートが年数回も継続して行われることは決してないでしょう。iPhoneでは、2007年発売のOriginal iPhoneから3世代の間、液晶サイズやボディサイズなどが固定されていますが、このことが、逆にハードウェア差異以外でのOSやアプリの互換性を生み出しています。最新であるOS3.0はOriginal iPhoneでも適用可能ですから、ユーザーは買い換えることなく魅力ある新機能を使うことができますし、AppStoreのアプリやゲームを体験することも可能です。
  • さほど機能が変わらないのに、次々とガワだけを変化させ使い捨てられる携帯。その機能追加は本当にユーザーエクスペリエンスを変化させるものなのか?使い慣れた過去の携帯電話機に反映させることはできないのか?なぜ反映できる仕組みにしないのか?買い替えを促すためだけに機能開発が行われていないのか?長期的な視点に立って利用者が長く快適に使えるデザインや機能設計になっているのか?
  • 身近な道具であるからこそ、完璧ではないにしろこういった疑問にひとつひとつ向き合って慎重に開発を行って欲しい。CMでエコを謳う前に、まず使い捨てずに長く使い続けられる端末開発を行って欲しいと願うのは、私だけではないと思います。当然ながら、それは携帯電話機に限った話ではありません。

スマートフォンが実現できるもの

  • ビジネスの世界では1分1秒を争うことも多く、ビジネス向けシステムにおいては、迅速性や素早い認識を助けるための視覚化が重要視される傾向にあります。特にベンチャー企業や大企業においては、場所や時間を問わず随時報告連絡相談が行える体制構築が求められています。また先進国以外の急速に発展を遂げつつある国においては、膨大な数の国民にハイエンドなデスクトップPCを行き渡らせることも困難です。
  • さらに個人に目を向けてみても、仕事や家事育児などで生活時間におけるすれ違いが生まれ、個人が扱うべき情報も多量化、複雑化する一方です。
  • これまで携帯電話機は、スペックに重点が置かれ目先の機能の多さが競争の条件となってきました。その結果、ほとんど使われもしない機能が増え、鳴り物入りで始まったサービスが中断されることも目にしてきました。いま携帯電話機に求められているのは、ロクに使われもしないスペックではなく、ユーザーが本当に満足して日々快適に使える機能ではないかと思います。機能やスペックは目的なのではなく、その機能を使って人々がどのような体験ができるのか?ということが携帯電話機をはじめとする様々な機械の目的であるはずです。
  • 本当に使いやすいかどうかの判断が難しいからこそスペックで選ばれる傾向が強くなってきたのですが、ソフトウェア変更により柔軟な対応が可能であるスマートフォンが主流になりかけている今こそ、時間に追われる人々の行動をサポートし、理解を助け、日々の生活をより豊かにする機能や、長期的にフィードバックを受け取り反映した上で改善していく仕組みが求められていると思うのです。
  • もちろん、今やデバイスは単体で完結することなどはありえず、利用者以外にもベンダーであるメーカー、通信回線などインフラを支えるキャリア、さらに、ファーストパーティアプリ以外の魅力を提案するデベロッパーなど、その仕組みに関係するすべての人々がそれぞれ利益を享受でき、持続的に発展できる仕組みであれば、それは素晴らしいことだと考えます。

スポンサード リンク

6 responses to “なぜAppStoreが最適解なのか?”

  1. 大変すばらしい論文だと思います。

    私もAppStore一極展開が最善とは言い切れないものの、少なくとも様々なリンクを辿らなければ欲する情報や機能にたどり着けず、または見つけることすらかなわない、情報が散乱した携帯の環境には戻る気が起きません。

    情報資源は集められ整理されてこそ価値を発揮するものですから、その仕組みを可能な限り障壁を低く構築したと言う点で、Appleの功績は評価に値するものと思います。

  2. 客観的に判断して、この携帯業界に携わる者として、この文章は今まで言いたかった事をわかりやすく述べられています。それぞれの立場として問題はありますが、大変インパクトのある意見です。今後の結果としての答えがたのしみです。それぞれの企業、仕組みに期待します。

  3. いつも楽しく拝見させていただいております。
    iPhoneは必要な機能を必要なだけ使える合理的な携帯電話だと
    思って愛用しております。
    私自身もDoCoMoの携帯電話と併用しておりますが、
    何度も買い換えをさせられるビジネスモデルに疑問を感じておりました。
    すでにご存じとは思いますが、
    「iモードは“黒船”が追いつけない領域に進化している」(ITmedia)
    http://www.itmedia.co.jp/promobile/articles/0907/17/news068.html
    によりますとDoCoMoも今後はソフトウェアアップデートにて、
    新機能を配信することも検討するということでした。
    iPhoneが黒船とするならば国内キャリアもそれに対応を迫られ
    徐々に変化してゆくのでしょうか。今後が楽しみです。

最近のコメント

あわせて読みたいブログパーツ

カテゴリー

過去記事

iPod管理ソフト

iTunes代替ソフト CopyTrans Manager

Load time improved by PHP Speedy Load time improved by PHP Speedy