先日「SeadragonがiPhoneに来た!」でご紹介したMicrosoftがリリースしてきたSeadragon Mobileですが、「なんの役に立つのか?」という指摘があったようですので、思うところを書いてみたいと思います。
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Seadragon Mobileについてもう一度整理すると、目立つ機能としては下記となります。
- 高画質大容量のイメージファイルを鳥瞰することも虫瞰することもできる
- 高画質大容量のイメージを段階的(または無段階的に)に最適な解像度で提供できる
- それらをiPhoneのマルチタッチディスプレイを用いることで直感的に操作できる
これらのことにより、利用者が知りたいと思った最適の解像度で最適な情報が提供できると言うことです。
これがなんの役に立つのか?といえば、現時点の「Seadragon Mobile for iPhone」アプリは、今すぐに、誰にでも役立つものではありません。
しかし考えてみてください。これと似たような機能を私たちiPhoneオーナーは日々使っており、十二分にその恩恵に与っています。
iPhoneで体感できる無段階ズーム機能
それは、MobileSafariのダブルタップやピンチによるズームイン/ズームアウトです。
PC用のフルHTMLが自由に閲覧できるiPhoneですが、さすがに3.5インチディスプレイでは限りがあるのもまた事実です。しかし、現在多くのWebサイトで採用されているdiv要素によるHTML表現や、table要素で制作されたサイトの場合、ダブルタップすることにより常に最適なサイズで必要な情報のみに着目してWeb閲覧が出来るのです。

iPhoneを使い始めてすでに半年(3G以前の初代GSM機オーナーや、iPod touchで一足早く体感された方ならもっと長い間)経験したために、すでに感覚的なものとして身についてしまい、いまやPCでWeb閲覧をする際についテーブルなどをダブルクリックしてしまうのは私だけではないはずです。これは、ダブルタップやピンチといった指で行う動作が、実に自然な動作に近いからだと思われます。
※例えば、普段PCでWebを見ているからといって、他メディア(他デバイス)の情報を見たときにマウスのダブルクリック動作をイメージする方はほとんどいないと思われます。しかしiPhoneの場合、ピンチやダブルタップという動作が、マウスなどの機器を通じてではなく自らの身体動作のみで行うがために、より強烈な印象を与えているのではないでしょうか。
また、これに似たようなもので、マップ(GoogleMaps)アプリも同様に考えることが出来るでしょう。大きく都道府県や日本全体を俯瞰したり、それとは逆に自分の住む地域に着目してビルや公園の形まで細かく建物の形までもをイメージとして捉えることができます。
しかもこのマップの驚くべきところは、そのズームアップの段階を切り替えをほとんど意識することなくダブルタップやピンチといった実に簡単な動作により行える点です。かつてGoogleMapsが登場した時、他のマップサービスはほとんどが四角い地域を上下左右に画面切り替えしたり、縮尺を切り替えることで地図検索を行っていました。そのためにAjaxという技術と共にこの無段階に近い状態でパンやズームの出来る地図サービスの登場に大いに驚かされたのです。
ズームは人間の自然な動作
これらのアプリ以外でも、例えば写真やイメージを見る際にも、ほとんど無意識的にピンチ動作を行っているはずです。

先日でた産経新聞アプリでも同じ印象を持たれた方は多いでしょう(産経新聞アプリ登場)。つい紙の新聞を見ていたのと同じような動作を、iPhoneの産経新聞アプリに対して行ったはずです。まず紙面一面を見て、興味の沸いたところをタップすることでより多くの情報を得ます。そこでその情報が自分の興味を引かないものならば元の紙面一面のサイズに戻るし、興味を引く場合ならばさらに拡大を行い、詳細情報をつまびらかに読むと言う動作を行ったはずです。
こういった動作は、通常、紙の資料や書籍、マンガなどを読む場合に自然と行っている動作であり、それを意識して例えばマンガであれば「ページを開いてまず見開きを見る。次に右のページに目を移して、一番上の一こま目を見、ネームを読む。さらに左側の二こま目に移動しネームを読み・・・・・」と行っている人のほうが少ないと思われます。
つまり人間というのは、その時その時で意識が集中しているポイントに対して(無意識的に)ズームアップすることにより、より効率的に情報収集を行っているのです。
Seadragon MobileやiPhoneのSafariで可能なズームイン/ズームアウト動作というのは、この本来紙で人間が行っている動作を、より自然にコンピュータ上で行うものに過ぎないわけですね。
多数のイメージを並べる理由
ただ、恐らく「ズームの必要性はわかるが、イメージや写真をあんなにたくさん並べる必要はないだろう」という感想をお持ちだと思うのですが、それについては別に目的が含まれているのです。
例えばiPhoneを使い始めて半年も経てば、恐らくカメラを起動して実際にシャッターが切れるようになるのに時間が掛かるようになっていないでしょうか?購入当初はもっと早く撮影できたはずなのにと思っている方も多いはずです。これは、写真アルバム内のイメージを認識してから撮影動作に入る(と思われる)iPhoneの仕様によるものです。一度、PCやMacに写真をバックアップした後、iPhone内の写真を削除してみてください。そうするとまた購入時の早さが戻ってくるはずです。
撮影までの速さ以外にも、100枚、200枚、300枚と増えていくと最初はあれほど写真を見るのが楽しかったはずの「フリック動作による前後の写真への移動」動作もだんだん面倒になってきます。そんな時は、おそらくたいていの方は一度ズームから抜け、多くの写真が並んだ状態で望みの日時に移動した後、再度写真をズームした状態でフリックするはずです。
しかし今はこれでまだ間に合うかもしれませんが、1年後を考えてみると写真はさらに枚数が増えているはずです。
1,000枚、10,000枚と増えてしまった写真の中から、どうやって望みの写真を探し出しましょうか?フリックでめくっていくとなると、それだけで日が暮れてしまいそうですね。
情報大爆発
この「写真が溢れて望みのものが探し出せない」という状況は、いまや写真だけでなく、また個人の情報だけではなく、色々な分野の各階層において起こっている現象なのです。
20世紀に入りコンピューターの発達と共に、紙で管理されていた情報がコンピューター上に移され、コンピュータで処理できる情報量が多いのをいいことにあらゆる情報がコンピュータに蓄積されていきました。さらにインターネットの出現と共に、それまでは各国、各地域、各組織、各個人で管理されていた情報が、インターネットという共通のインフラの元に集約され、その流通や組み合わせ、混合によりさらに新しい価値や情報を生み出す循環構造が出来上がりつつあります。
※もちろん、上記はコンピュータの発達だけによるものではありません。科学技術、生産技術、通信技術などいろいろな周辺状況が整備された20世紀に、様々な学問が爆発的に成長を遂げたと言うことであり、それを助けるものの中にコンピュータというものがあったと言うことです。言うまでもなく、コンピュータは万能でもなく人間の扱う道具の一つに過ぎません。
それとは逆に、情報が細かく管理できるようになったために、ある先端分野ではさらに細かい情報の解析や分析が可能となったために、飛躍的に技術発展した分野もあります。例えば学問の世界でそれは顕著に現れていますし、医療分野などもそうでしょう。
いまや、学問の世界は実に専門特化かつ分化されており、ある領域の専門家と、その隣の領域の専門家では話が相通じなくなっていると言われています。また最近医療機関に行こうとしても、”内科”、”外科”などのわかりやすい分類ではなく、細かく分類されていると思います。
例えばWikipediaの聖路加国際病院の診療科の項を見てみると、”内科”と名の付く診療科だけでも、一般内科、呼吸器内科、腎臓内科、血液内科、代謝・内分泌内科、神経内科、心療内科、アレルギー・膠原病内科と8科も出てきます。これだけでもすでに素人には十分一杯なのですが、この他にも各センターというものがあり、その中にも循環器内科、消化器内科、乳腺腫瘍内科、、、、と上げるのにキリがないほどです。最近では大病院では”総合内科”というものが出来ていて、総合的に診察を行ったうえで、さらに必要であれば上記の各専門科を紹介してくれる、いわば病院の総合窓口である”コンシェルジュ”を設置している病院も多数あるようです。
もっとわかりやすい例で言えば、幼いころから「風邪」という病気があると信じていたのに、ある時お医者さんに「風邪という病気はない」と言い切られたときのショックは誰にも経験があるのではないでしょうか?風邪とは、Wikipediaの風邪の項によれば、「急性鼻咽頭炎(普通感冒)から急性喉頭炎、咽頭結膜熱、インフルエンザ(流行性感冒)、マイコプラズマ肺炎等までの総称である。ただし、多くの場合単に風邪と言えば普通感冒を指し、それ以外を風邪と呼ぶ事は少ない。」と書かれています。また市販されている”風邪薬”も、”総合感冒薬”と書かれているのは皆さんご存知の通りです。ただ、「急性喉頭炎で山田さん本日休みです。」と言われても誰も風邪だとはわからないでしょうし、逆に「マイコプラズマ肺炎で本日休みます。」と聞くとなにやら恐ろしい病気に罹ったのではないかと思ってしまいますよね。より細かいことが分かるとそれに対して名前をつけていくと言う連鎖が、この分かりにくさを加速させているのです。果たして、私たちは風邪の症状が出た時に聖路加国際病院のどの診療科に行けばよいのでしょうか?
知の構造化
このような状況は、医療や学問だけでなくあらゆるカテゴリーで起こっており、そのような状況に主に学問面から警鐘を鳴らし行動を起こしているところに、東京大学があります。
現東大総長の小宮山宏氏が提唱しているものに「知識の構造化」というものがあり、大いに注目を集めています。参考)東京大学 知の構造化センター
上のような状況を打破するものとして小宮山氏は、情報を構造化し関連付けることによって、その情報群を俯瞰できる。それにより「分かる」ということが起こり、情報の正しい使い方や内容の理解が行えるということを述べています。
※むちゃくちゃに端折っています。こんな一言で説明できるものではありませんし、唯でさえ稚拙な私の文章だけで伝えることは難しいでしょう。詳細は、下記書籍でご確認頂ければいいでしょう。小宮山宏氏「知識の構造化」、または専修大の斎藤教授による「知識の構造化と知の戦略
」の方が分かりやすいかもしれません。

ただ、大事なことは情報はばらばらにしておいたり、単に並べるだけではダメで、それをある一定ルールに基づいて構造化することでより人間は認識し、理解しやすくなると言うことです。
先ほどの写真を例に構造化を試みてみましょう。iPhoneの写真アルバムでは撮影日時順に単純に並んだ状態で格納されており、閲覧する時もその順番に従って一枚ずつ閲覧する他ありません。これを例えば、撮影日時の他に撮影された場所や時刻によって分類、並び替えしてみるとどうなるでしょうか?また(情報が取ることが可能ならば)メールで送信された写真、アプリで加工された写真といった付加情報により分類することが出来れば、単純に撮影日時だけで並べられた状態よりも、より早く正確に写真を探し出すことが可能になるでしょう。
また撮影者本人だけでなく他人が同じ写真を探す場合においても、様々な評価軸を指定し、そのルールに沿って並べ替えた後でなら、撮影されている情報の認識をより早くより正確に行うことが出来るのではないかと想像できます。
情報の視覚化
この知(情報)の構造化とは別のやり方で膨大な情報を把握しようとする動向もあります。
主にコンピュータサイエンス(コンピュータ科学)で注目されている分野で、「情報視覚化(Information Visualization)」または「ビジュアライゼーション(Visualization)」と呼ばれたりもするもので、コンピュータに蓄積された情報群を、人間が総体として把握認識できるように、表現を工夫してみようとする動きです。
参考)いろいろと権威がおられますが、下記サイトがまとまっていると思います。
- The Best Tools for Visualization - ReadWriteWeb
- iv.xight.org - 情報視覚化
- Understanding(www.understandingusa.com)はいつのまにかサイトが見当たらなくなっていました。書籍(Understanding
)のほうでどうぞ。
元来コンピュータ上の情報は、紙とは違いすべてをコンピュータが認識しハンドリングすることが可能です。この情報整理を、90年代以降発展してきたコンピュータグラフィックスやPCの描画性能を用いることにより行おうと言うものです。元々は測定データのグラフ化などが行われていたのですが、現在ではそれをより一般的な情報に適用することで大規模な情報の検索や、認識を手助け出来るのではないかと期待されています。
実際、コンビニやパチンコ店の出店計画には複雑な分析が必ず用いられていますし、もっと身近な例ではサーモセンサーによる人間の体の温度分布/変化などをダイエットを扱うテレビ番組で目にする機会も多いと思います。また、声紋分析などでアーティストの声の波長変化をグラフ化したものを目にすることもよくありますね。
このような膨大な情報を一つ一つ見るのではなく、ある一定のルールを与えた上で、人間が把握しやすいイメージで視覚化する技術もまた、いま注目され日々発展している技術の1つです。
※一定のルールとは、サーモセンサーの例で言えば「人間の体の各部位の体温を、それぞれの部位に温度に比例した色を着色する」ことで表現するというルールであり、声紋分析の例で言えば「人間の発声する音を、縦に周波数、横に時間軸を取り、時間経過に伴う周波数分布を色で描く」ことで表現するというルールになるでしょう。
情報視覚化では、最近出たばかりの「ビジュアライジング・データ ―Processingによる情報視覚化手法」がよいでしょう。

例えばSeadragonアプリの「Color Flower」では、”花のように見える模様”を最大限まで拡大すると、”花”を構成する一つ一つの”色”がすべて”色の名前”を表す”文字”で描かれていることに驚かれたかと思います。あの「色の名前一つ一つ」を”文字”で認識するのではなく、マクロな視点から”色”として眺めた時、人はそれをひとつの花として認識できるのです。
この各段階にそれぞれ意味がある視覚化を、無段階で高速に行って見せているのが、Seadragonの驚くべき点でもあるのです。
なぜiPhoneなのか?
今までもこのブログでは、何度も何度もiPhoneの素晴らしさを、それこそアンチの人から見れば気持ち悪いほどに繰り返し繰り返し語ってきているのですが、今回の視点においてもiPhoneのインターフェースはずば抜けて適合していると言わざるを得ません。なぜなら、シングルタッチデバイスでは、ダブルタップにより一定量変化を伝えることは出来ても、ピンチ動作による滑らかな変化をデバイスに伝えることが出来ないのです。
※こういう書き方をすると、「シングルタッチでも伝えることは出来る」という指摘が出るかもしれませんが、要するにその動作が無意識にしてしまうほど自然な動作か否かが問題なわけです。ケータイのボタンでも拡大縮小は出来るし、ON/OFFスイッチの組み合わせでもそれは表現できるのです。しかし自然な動作であることが望ましいことは、すでに上で述べたとおりです。結局は、iPhoneの搭載した「ピンチ=pinch:(親指と人差し指など2つのもので)つまむ、はさむ」という動作が、今までにない身体動作をイメージさせるということです。
だからこそ、Microsoftが自ら開発し随分前から展開しているWindowMobile機ではなくわざわざライバルのiPhoneから、このMobile版Seadragonを投入したのだと考えています。
※誤解を与えるかもしれないので補足しておきますと、Seadragonのコア技術は、2006年1月にMicrosoft社がSeadragon Software社を買収して手に入れたものです。その後、2007年6月のTED 2007において発表された模様が、下記ビデオになります。
MicrosoftにiPhoneから投入させた原動力は、冒頭で述べた「自然な動作であると利用者に思わせる」タッチインターフェースであり、高速なGPUを搭載したデバイスの性能でもあるのです。また、AppStoreという素早く大多数の人に伝播できる流通市場を持ったハードウェアだからでもあるのです。
そのiPhoneに一番に投入することが、いまホットな話題、技術課題である構造化/視覚化といったカテゴリーの関係者に対して、Microsoftの持つアドバンテージを最大限にアピールできると考えたのでしょう。一般ユーザーにはすぐには理解不能である以上、それは多分にデモの側面が大きいと考えられます。
皮肉なことですが、ライバル企業の最たるものであるMicrosoftの今回の行動により、改めてこのiPhoneというデバイスと、iTunesやAppStoreを交えたプラットフォームの総合性の素晴らしさを再確認するばかりです。
今後期待されること
この文章では、始めに人間が情報に着目して俯瞰したり着目したりする動作を自然に行っていることを書きました。
また、個人においても情報(写真、テキスト、アプリのハイスコア、スクリーンショット、保存したWebページ・・・)が溢れつつある状況であることも説明しました。
さらに、構造化/視覚化することによりその情報大爆発の状況を打破できるかも知れないことを説明しました。
さて、では例えば写真アルバムは、今後どのようなインターフェースでもってiPhone利用者に提供されるべきなのでしょうか?どのような軸で整理・表示され、どのような段階でどの情報を提示すれば、人はより早くより正確に情報を把握し認識し分類することが出来るのでしょうか?
それは、まだ研究の段階であり、日々発達しつつある状況でもあるのです。
ただ、いままでの先端技術に対するイメージとは異なり、iPhoneという機械やインターネットの発達は、それをリアルタイムに実体験できると言う点が素晴らしいのです。また、人が色々な情報をどのような”軸”で並べ、どの段階ではどのような情報で認識すればいいのか?というものは、今後整理構築されていくにしろそれがなるべく大多数の人の感性に沿ったものであるほうが望ましいのです。
その意味において、iPhoneを使う一人として、それぞれが少しずつの行動や反応を返すことによってそれに寄与することができるかもしれないと言う可能性を秘めていると私は考えています。




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